ユッシ・エーズラ・オールスン 特捜部Q カールの罪状 (2023ハヤカワ・ミステリー)
『特捜部Q』シリーズ『アサドの祈り』から3年ぶりの第9弾、最新作です。リーダーのカール、助手のアサド、女性秘書ローサに加え、『知りすぎたマルコ』でローサを口説いた若手のゴードンが増員されています(大活躍します)。カールは、『キジ殺し』に登場した心理カウンセラーのモーナと結婚し「世界一可愛い」娘まで生まれています。アサドは妻子をデンマーク呼び寄せた様で、彼は子供の強制送還を恐れています。『自撮りする女たち』に登場した殺人捜査課長ヤコプスンが復帰して特捜部Qを統括しています。カールが特捜部Qに左遷された事件(ステープル釘打機事件)の犠牲者、全身麻痺のハーディ、介護人モーデンまで登場し、シリーズの読者ならメンバーが揃って嬉しいです。
ビッグモーターの様な悪徳自動車修理店が爆破され、主人と従業員、巻き添えで通りすがりの母子が死に、カールはこの32年前の事件の再捜査を指示されます。現場には食塩を盛った小さい山があり、塩を手がかりに調査すると、評判の悪いSM趣味の国会議員の自殺と両手切断で死んだ事故2件が判明し、連続殺人事件かと特捜部Qは色めき立ちます。3件を繋ぐのはアンモラルな被疑者と塩。
『特捜部Q』シリーズはデンマークの社会に根差した事件が描かれます。今回は、世の中を良くする「サークル」が登場します。モラルを踏み外したと考えられる人間に私的制裁(彼女たちの言葉では「救済」)を加える集団です。会員は女性中心で、自らを「報復の天使」と呼び処罰することに喜びを覚えるサイコパスの集団とも言えます。私的制裁で警察に目を付けられた1人が、サークルが明るみに出る事を恐れた会員によって殺され、彼女もまた何者かに殺害されます。埋められた死体の側にも食塩があり、近くからは塩化カリウムで殺され塩化ナトリウムで防腐処置を施された死体が発見されます。
本書の執筆は、新型感染症のパンデミックと重なっています。本書でもロックダウンやソーシャルディスタンスの様子が描かれます。この私的制裁を行う特異なサークルは、非常事態宣言下の「自粛警察」を連想させます。作者はパンデミックをヒントにこのミステリーを構想したのでしょう。道徳の番人「自粛警察」の話です。
事件は2年置きに起き、被害者は悪徳自動車修理工場主、有害廃棄物の処理業者などこの世から退場願いたい人物です。それを象徴するかの様に、サダム・フセイン、ポル・ポト、チャウシェクス、アミンなど史上最悪の独裁者の誕生日に殺されています。ギャンブルサイト運営者が行方不明となり、毛沢東の誕生日12/26が迫り特捜部Qに緊張が走ります。容疑者が特定され、張り込み中にゴードンが拉致され12/26が迫り、と第9弾も緊張感満載。
並行して「カールの罪状」が浮上します。カールが特捜部Qに左遷される原因となった「ステープル釘打機事件」が蒸し返され、家宅捜査では死んだ同僚から預かった荷物からコカインと多額の現金が見つかります。カールは停職となり、逮捕状の出たカールは警察追われる身となります。逃亡するカールとアサド、ローセの特捜部Qの捜査会議はZoomとなる辺りは、如何にもコロナ下の捜査です。
本書は事件の解決と共にカールも逮捕される時点で終わり、「ステープル釘打機事件」の説明も無く、唐突に「次巻に続く」で終わります。11月にはデンマークで第10弾がリリースされた様で邦訳も近々出版されるでしょう、楽しみです。「特捜部Q」シリーズは第10弾で終わるようです。
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